それはある夏の日のことで、
僕は一人きり部屋の中で塞ぎ込んでいて、
外ではずっと雨が降っていた。
僕はもう眠ってしまいたいのに、
目の前に図々しくも現れた犬が笑いながら言うのだ。
「口を塞げば指先から、さ」
自分の左の手の指を右の手の指で摘んで見せて。
「なぁ、口を塞ぐつもりなら指も落とさなきゃ」
摘んだ指を切り離して見せてから、もう一度くっつけた。
そして一言付け加える。
「もしも本当にやるのなら、残らず全部落とすべきだけどね」
流石に全部切り離して見せるのは億劫なんだろうなと思った。
「そして、面倒なときに手っ取り早いのは頭を潰すことさ」
言うが早いか右手を拳銃の形に握って見せた。
いやにリアルな拳銃に見えた。
「でも、あんまり期待はするなよ。
飛び散ったキミからは必ずキミが生えてくる」
犬は目の前でゆっくりと二匹に増えた。
「キミが知らないところでキミは増殖している」
流石に三匹には増えなかった。
「飛び散ったキミをすっかり集めて墓に入れたって無駄さ。
墓標があればやがて誰かが暴くのだから」
それはまるっきり救いのない話だ。
「そうでもないさ」
いつの間にか窓の外へ出た二匹の犬がこちらを振り返って言う。
「少なくとも僕のようなものにとっては」
そして、現れたとき以上に図々しく消えた。
それでも僕は眠りに落ちるまで口を塞ぐのをやめなかった。
まるで子供みたいに。
外ではまだ雨が激しく降っていた。